上北ものづくりの手

蓼内 康晴(たてない やすはる)さん

蓼内 康晴さん

どこまでも優しく、やわらかい作品たち。
自然の流れに抗うことなく、全てを受け入れながら謙虚に生きる姿勢。
力強い指先から生み出されるのは、独特の繊細な表現。
技術だけの写生ではない、その作品は、魂を映し出す。

命を伝え、魂をこめる… 蓼内 康晴さんの作品

大病からの光

大病からの光

 昭和22年、堂宮彫刻(どうみやちょうこく)を主とする彫刻家であった蓼内秀好さんの長男として誕生する。
 神社に奉納する龍や獅子、仏像や馬などを彫っていた父の姿を見て育った蓼内さんにとって、 「絵を描く」という事は自然と側にあるものだった。
 その頃の日本は、戦後復興へ向けた高度成長時代の最中、 蓼内さんも地元中学を卒業し集団就職の為、埼玉県へ赴くことになる。
 職歴を伺うと、「ありすぎて書ききれないですよ」と笑う蓼内さん。
 今まで、様々な職種を経験されたようで、その言葉や表情から蓼内さんの人生そのものの深さが感じられるようだった。

 帰郷後は職業訓練校にて自動車整備技術を学び、整備士として大手自動車メーカーへ就職。
 忙しい毎日の中、数年が過ぎたころ、大病に倒れてしまう。 一刻を争う状態だった。 手や足にも病気による症状がみられるようになり、 体力はみるみる衰えていった。
 当時27歳の出来事。
 体重は、70kgから55kgへ激減し、病状はますます悪化、 末期状態となり、大学病院で治療を受けることに。
 大学病院で治療を受ける人の多くは、重度の患者であり、 そこでは「死」を迎えていく人の姿をたくさん見てきたそうだ。
 蓼内さん自身も献体するかどうかの同意書を書かねばならないほど 深刻な状態に。
 「死」はそこまで来ていた。
 「詩」を創作するようになったのはその頃から。
 「自分は生かされている」
 「生かされている命なら大事に使わなければ」
 “絵”にしろ“詩”にしろ「いのち」が根底にある、と蓼内さんは語る。

大きな命こそ純真

大きな命こそ純真

 「命が軽くなってきた時代」と蓼内さんは少し悲しげな表情になる。
 「人間社会は時間の流れがとても早い。
 コンクリートの中で生きていては、余裕が出てこない。
 だから現代の人は、自殺したり、枠を外れた行動をとってしまう。」と “今”を憂う。

 蓼内さんの趣味は一人旅だ。
 山が好きで、八幡岳や下北、北海道にまで足を伸ばすそう。
 気持ちがごちゃごちゃしたら、山に入って温泉に入って、そうして自分を取り戻すという。
 人間はそんなに強い生き物ではない。 弛めるところは弛めながら生きることが大事。
 だからこそ、自然の中で大きな命を感じ、生きることが大事であり、 それこそが純真であると語る。
 蓼内さんは自然の中で心にとまる風景を、マジックペンやカラーペンなどを用い、スケッチと詩を描き留める。 自然と向かい合うと言葉が湧いてくる、それが詩となるそうだ。
 描き溜められた膨大な作品達の一部を見せて頂いた。
 蓼内さん独特のとてもやわらかい画風とは対照的で、感じるままにペンを走らせたようなスケッチは、線が強く、色彩も強く、力がみなぎってくるようだった。 蓼内さんの言う “純真”さがまっすぐ伝わってくるようだった。

目を描く

現在制作中の作品 『和の乙女』

現在制作中の作品 『和の乙女』

 蓼内さんは、写真から、描く絵の題材を決める。 その際、写真の人物の“目”に惹かれて描くそうだ。
 人の目は、心を反映する。絵の中に描き留めた人物の目は、その人の命の姿を表すようなところがある。 だからこそ、目を描くのは難しくも楽しい。というお話から、作品の芯を見たような気がした。

 蓼内さんは、 「魂を込めたい」 「写真の中にどこまで魂をかけるかが焦点だ」と話す。
 たしかに蓼内さんの作品に描かれた人物は、見ているこちらが、見られているような、目が合うと、語られているような、微笑まれると、微笑み返したくなるような、そんな不思議な気持ちになる。

目を描く

 蓼内康晴さんという芸術家は、写真を見て、写真のさらに奥の、人物の背景、世界、信念、感情などを 写実に込めて描いているのではないかと感じた。

作画

 作品は、完成まで5ヶ月程度とじっくり時間をかけて描き上げる。
 チベットの少年を描いた「寒風に立つ少年」は、11月に開始し、完成は翌年の4月となった作品だ。
 蓼内さんは、納得できるまで絵に向かい、どれだけ時間がかかっても、描ききったら一つの作品となる。 と、一作一作への強い想いを語る。
 絵は芯の硬さの違う色鉛筆や鉛筆、その他様々な画材を複合して、 蓼内さん独自の、やわらかい表現をつくりだしていた。
 この画法は、蓼内さんが独自に研究し、辿り着いたものだ。 自分が表現したい世界を、細かく繊細に表現出来ると蓼内さんは語る。

 現在は「区割り」という作業の最中だ。 描こうとする人物の大まかなアウトラインを点でとる作業の最中だった。
 もとになる写真の要となる部分の寸法を計り、実際に描く倍率によって寸法を割り出し、 正確に書き出してゆく繊細な作業だ。
 それが終わると、どんな“絵”にするか方向性が決まってくるそう。

作画作画

見た人の感性が、絵を決める

 蓼内さんは、現代美術における抽象的な絵も、描き手は精一杯想いを込めるが、 その絵がどんな作品になるかは、見る人の感性で決まると言う。
 自分の絵にしても、「写真ではないか」という人もいれば、 「絵の中に、何かを感じる」という人もいる。 伝わるか伝わらないかは、見る人に委ねていた。
 今回、蓼内さんの創作活動の集大成となる、『蓼科康晴 水彩鉛筆画と詩展』が、平成22年10月6日(水)~10日(日)にかけて、十和田市現代美術館(市民活動スペース)にて開催されることになった。
 作品が手から離れたら、作品は一人歩きするもの。 魂を込めて描いた作品たちが今回の個展で絵を見る人に、どう感じ、どう受け取られるのか確かめたいところがある、と覚悟と意欲に満ちた表情を見せた。

蓼内康晴水彩鉛筆画と詩展

 近くで見れば見るほど、独特の不思議な写実表現。 ぜひ、個展に足をお運び頂き、込められた魂に触れ、語られる言葉に耳を澄ましてみてはいかがでしょう。 個展の模様は、続ページにて追加掲載を予定しております。

蓼内康晴水彩鉛筆画と詩展 テーマ ~ いのち ~

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 蓼内 康晴さん

―今回の作品展によせて―

画家生活の集大成という感じです。
水彩とも油絵とも違う “水彩鉛筆画”というものをわかってもらえればと。
詩と共に見る絵も、心に響けばいいな と思います。

※「蓼内康晴水彩鉛筆画と詩展」作品の一部をご紹介させて頂きました。

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