南部縦貫鉄道レールバス

南部縦貫鉄道のあゆみ ~社史年表~

“南部を縦に貫く”南部縦貫鉄道株式会社

 南部縦貫鉄道は国鉄(現JR)東北本線千曳駅を起点とし、三本木町(現十和田市)経由して三戸町に至る計画のもとに設立された民営鉄道である。
 当初、区間の一部である千曳~三本木間は、東北本線が青森まで計画された時点で、通過区間として候補にあげられ、測量されるまでに至る。しかし山岳地帯であるという地形的な不利に加え、地元住民の反対もあったとされ、三戸以北は現在のルートで敷設された経緯がある。
 当地方は豪雪地帯のため、過去において冬期間の交通がしばしば遮断される「陸の孤島」状態が続いていた。又、豊富な農林、水産、鉱物資源を有しながら、その輸送手段を持たないことが経済の発展を阻害していた。一方、鉄道沿線地帯の発展は急速に進んでいった。このようなことから人々は不便の解消と地域の開発 のため、鉄道の必要性を強くのぞむようになり、誘致運動を続けたが不調に終わる。
 この対策として、民有による鉄道敷設の運動が高まる。

昭和27年7月10日南部縦貫鉄道株式会社期成同盟会結成(会長 工藤 正六)
その後、運輸省による現地査察等を経、
昭和28年8月31日 千曳~三本木間27キロの地方鉄道施設免許交付
沿線住民約1,058名による一株運動を展開。資本金3,000万円とし、
昭和28年12月23日 南部縦貫鉄道株式会社設立 
(社長 苫米地 義三、専務 工藤 正六)

本社及び七戸駅全景

本社及び七戸駅全景

 工事着工後、昭和30年、資金難により工事を中断、同33年に北海道東北開発公庫、(株)青森銀行の強調融資を得て工事を再開したが、翌年再び資金難による工事中止、同36年に東北開発(株)より出資を受け、七戸町までの工事を再開した。
 会社設立後、増資を重ねながら、
昭和37年10月20日 千曳~七戸間 15.4キロ 敷設工事完成 運輸営業開始

 しかし、この時既に路線と伴行する国道四号線の整備が進むと共に除排雪機械の発達により、通年の道路交通網が確保されるようになったため、運輸、交通は自動車に移りつつあった。
 さらに会社経営の主眼でもあった沿線、天間林村(現七戸町)底田鉱山からの砂鉄鉱の輸送が国策事業の砂鉄精錬計画である「むつ製鉄所」の輸入鉄鉱石の価格下落による解散から頓挫し、収入源を絶たれる。

東北砂鉄鋼業株式会社 天間林鉱山

東北砂鉄鋼業株式会社 天間林鉱山

 

東北砂鉄斜坑入口

東北砂鉄斜坑入口

 会社は破産状態となり、
昭和41年5月23日 青森地方裁判所会社更生法による更生手続き開始を申請
 会社更生計画は翌42年に認可され、会社の再出発が計られる。以後「更生会社」の肩書きを持つ鉄道会社となる。

 昭和43年5月16日 十勝沖地震発生 全線不通
 被害額は2,400万円に達した。
 この時、国鉄が輸送力増強対策として東北本線の電化及び複線化を実施し、急勾配のある区間のルート変更も合わせて行ったため、当社連絡駅の千曳駅は移転される。
 そのため、連絡運輸が不可能となり、野辺地駅まで路線を延長することとなる。国鉄の協力を得て野辺地~千曳間5.6キロの内、旧東北本線の3キロ余りは国鉄から施設ごと借用することができ、残りは新線を敷設した。

 45~48年までは周辺地域の経済活動の活発な動向に支えられて経営も順調に推移し、黒字決算をするまでに至ったが、49年のオイルショック、ドルショックに次ぐ経済不況により経営は苦境に陥る。
昭和59年2月1日 鉄道貨物営業を廃止
貨物輸送は鉄道営収の60%余りを占めていたことから廃止による影響は極めて大きいものだった。

昭和59年4月27日 昭和56年に第一次特定地方交通線に選定されていた国鉄大畑線転換運営について、国鉄盛岡鉄道管理局を通じて打診が有る
 第一次特定地方交通線…「日本国有鉄道経営再建促進特別措置法」(国鉄再建法)に規定する地方交通線のうち、バス転換が適当とされた旅客輸送密度4,000人未満の国鉄路線のこと。この中から、輸送密度等の条件を勘案して第1次から第3次までの廃止対象路線が選定された。

 そのため南部縦貫鉄道は、大畑線協議会に当該線運営の基本計画(構想)の提出、青森地方裁判所に構成債務の繰り上げ許可を承認してもらうなど、準備を進める。
 しかしその後地元のバス会社「下北バス」が経営地盤の防衛から引受けを表明。一転し鉄道として存続する方針を表明したため、南部縦貫鉄道はこれを辞退、昭和60年国鉄大畑線は、「下北バス」(現下北交通)に転換された。

 この時期大株主である東北開発(株)が61年には同会社法の期限切れになるため、南部縦貫鉄道の経営から離れることになり、会社の存続論にまで発展した。
 し かし、当鉄道は、上北地方はもとより、県南全域に及ぶ地域開発と民生の向上を目的とした設立当時の事情と、沿線住民の足となっている公共的実情がある。さ らに将来建設が予定されている東北新幹線八甲田ルートのアクセス線として活用されれば下北半島に直結する交通の基幹となり得る可能性により、「会社は存続 させるべきである」との声が高まった。
 経営存続の方策については、沿線市町村各自治体で行っている事業のうち、民間に委託できる業務(清掃事業や給食運搬等)を会社で代行することによって再建が可能との結論に至り、会社は町村主導となる。

起点東北本線 千曳駅構内

起点東北本線 千曳駅構内

 その後、野辺地~千曳間の国有地である旧東北本線の路盤を借用して運行してきた区間について、
平成7年2月1日 国鉄清算事業団から借用地の購入要請、価格の提示を受ける
 南部縦貫はその資金が捻出できないことから、借用地を購入しないことを決議。
 その後の現状悪化に伴い、
平成9年5月6日 鉄道事業休止
平成14年8月1日 鉄道業廃止
平成16年 南部縦貫株式会社に社名変更

 昭和38年よりタクシー営業を開始していた南部縦貫だが、鉄道事業廃止後も、タクシー事業(タクシー事業の通称は「縦貫タクシー」)を継続している。
 現在は、旧七戸駅構内で当時の車両が動態保存されている。

 レールバスは俳優だった!

 現在は、職員や南部縦貫レールバス愛好会の方々によって、大切に保存されている旧七戸駅とレールバスですが、現役時代は映画やCMなどにも出演していました!

「傷だらけの天使」…監督:阪本順治 「新・仁義なき戦い」「顔」(日本アカデミー賞、ブルーリボン賞)豊川悦司 原田知世 真木蔵人 菅原文太 ザ・グレート・サスケ 他
往年の人気テレビシリーズ「傷だらけの天使」(萩原健一、水谷豊)のリメイク作品。やくざな私立探偵が事件を追って東北を縦断するロードムービー仕立て。七戸では、南部縦貫鉄道を赤いスポーツカーで追いかけるシーン、菅原文太扮する渋い牧場主などが撮影された。

「裸の大将」…画家の山下清をモデルに描いた人情テレビドラマ。

「田園に死す」…寺山修司監督・脚本、1974年公開。「恐山」「母殺し」「家出」など寺山特有のテーマが多く取り上げられ自伝的要素が見られるが、もとより虚構の作品。

キンカンのCM…金冠堂(キンカン)のCMアニメ内に登場する「レールバス」は、南部縦貫鉄道の「レールバス」がモデルになっている。懐古調のイラストとして、レールバスが走る様子が描かれている。

 作品の中に、そのかわいらしい姿を見せ、のどかで美しい当時の七戸町を映し出していたのでしょう。
 さらに最近では七戸フィルムコミッションの協力作品である「アオグラ」 にもレールバスと七戸駅が出演!「アオグラ」は青森県十和田市出身の作家 川上健一氏の小説「四月になれば彼女は」が原作となっていて、高校を卒業したば かりの主人公とその仲間たちによるスリリングで目まぐるしく、そして一生忘れられない「二十四時間」の出来事を描いた青春群像劇。原作の舞台は十和田市と 三沢市だが、両市とも都市化が進んだため当時の面影を強く残す、七戸町をメインに撮影が行われた作品。

 南部縦貫レールバス愛好会 / イベント「レールバスとあそぼう」

レールバスのりば

 運転休止から13年。廃止になった南部縦貫鉄道のレールバスを、どうしても動く状態で保存したい(動態保存)というところからはじまった南部縦貫レールバス愛好会。
 当初は「見せて欲しい」、「掃除だけでもさせて欲しい」、という人達が集まり活動を始めた。
会員は、七戸町民や青森県民に限らず、埼玉県、千葉県、東京都に在住している人が多く、それほど南部縦貫鉄道のレールバスは全国各地様々な地域のレールバスや電車、鉄道ファンから注目を集めている。
 月1~2回程度、元鉄道部の方々の指導の下、車両の修理や線路の保守、旧七戸駅構内の保全活動を主に行っている。しかし中には、駅にやってきて、レールバスを眺めながら眠って行くだけの人や、会員たちと談話して楽しむ人、修理を黙々とする人など様々。
 大好きなレールバスの側で「好きなように過ごす」ことも愛好会の活動の一つである。
 そんな活動が発展を続け、たくさんの人がレールバスに体験乗車できるイベント「レールバスとあそぼう」が開催されるまでに至る。
 「レールバスとあそぼう」は毎年、県のニュースや新聞にとりあげられるほどの人気で、町内を始め、全国から1000名以上の家族連れや鉄道ファンが訪れている。
 車両や駅構内の修繕費やイベント開催の費用は、会員考案のレールバスをモチーフにしたオリジナルグッズの売り上げと体験乗車会員証の売り上げがあてられている。不足分は会員のポケットマネーでまかなわれているのが現状。
 年に一度のイベントについても「今年は出来たけど、来年は分からない」というようにその都度開催できる喜びを感じながらの活動となっている。
 資金捻出は厳しいが、「出来る範囲で」を念頭に、活動している。
 自由度の高い活動を行うため、他団体からの寄付等の支援は一切受けていない。
 現在、車両の老朽化に伴い、交換部品の確保に苦慮している。部品の多くは特注品で、調達が難しく、その都度図面を起こしてから専門の工場へ依頼している。愛 好会会員にレールバスのりばは鉄道関係の大手技術会社の社員であるとか他の保存鉄道の会の会員であるという方も多く、そういった「横のつながり」を利用し た情報網が活かされている。
 会員はいつでも「青いつなぎ」を着ている。修繕作業時はもちろんのこと、イベント時も「青いつなぎ」を着ているため、今では制服のようになっている。

おすすめコンテンツ

かだれ田舎体験
東八甲田ローズカントリー
道の駅しちのへ
東八甲田家族旅行村
しちのへ観光協会
七戸町観光物産推進協議会